近時、当事務所では、発信者情報開示に係る意見照会書が届いた方から回答方法の相談を受けることが増えています。
本記事では、開示請求をされ、発信者情報開示に係る意見照会書が届いた場合の回答方法について、開示拒否の是非を含めて解説します。
身に覚えがない方と身に覚えがある方のいずれの方にも共通して参考となる情報も記載しておりますので、一読いただけると幸いです。
なお、ビットトレント(BitTorrent)などのファイル共有ソフトを利用した結果として発信者情報開示に係る意見照会書が届いた方につきましては、当事務所が公開している「ファイル共有ソフトによるファイルダウンロードと発信者情報開示請求」もご確認ください。
※ 本記事ではプロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が公表している「プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン」を単に「開示ガイドライン」と呼びます。また、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律を単に「プロバイダ責任制限法」と呼びます。
発信者情報開示に係る意見照会書とは
そもそも発信者情報開示に係る意見照会書とは、どのような文書でしょうか。そして、いつ届く書面になるのでしょうか。
インターネット上の投稿によって名誉権等の権利が侵害されていると考えた権利者は、まずは当該投稿(または当該投稿直前のログイン)に使用されたIPアドレスの特定手続を行います。
その後、この特定手続の結果としてIPアドレスの開示が実現できた場合には、そのIPアドレスを管理するインターネットサービスプロバイダに対し、問題の投稿がなされた当時に当該IPアドレスを使用していた者の情報(氏名および住所など)を開示するように請求します。
※ いわゆるプロバイダは、コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダなどに分類されますが、本記事では、サイト管理者やサーバ管理者、インターネットサービスプロバイダ等を総称して「プロバイダ」と記載します。
この請求を受けたインターネットサービスプロバイダは、プロバイダ責任制限法第6条第1項に基づき、当該IPアドレスを割り当てていた契約者に対して「氏名および住所などの情報を請求者に開示しても良いか」を確認します。
開示関係役務提供者は…開示の請求を受けたときは…当該開示の請求に応じるかどうかについて当該発信者の意見の意見(当該開示の請求に応じるべきでない旨の意見である場合には、その理由を含む。)を聴かなければならない。
プロバイダ責任制限法第6条第1項
この確認のタイミングで、インターネットサービスプロバイダから送付されるのが発信者情報開示に係る意見照会書です。
なお、ここでいうインターネットサービスプロバイダとしては、たとえば次のような会社が挙げられます。発信者情報開示に係る意見照会書は、これらの会社から送付されることになります。
- エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
- ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社
- KDDI株式会社
- ソフトバンク株式会社
- 株式会社NTTドコモ
- ビッグローブ株式会社
これらの会社は、発信者情報開示請求を希望する請求者のために参考情報を記載したページも用意しています。たとえば、ソフトバンク株式会社であれば「プロバイダ責任制限法に基づく手続き方法」というページになります。
拒否を含めた発信者情報開示に係る意見照会書への対応方法
発信者情報開示に係る意見照会書を受領した場合の対応方法として考えられるのは次の3つです。
- ①無視する。
- ②開示を拒否する。
- ③開示に同意する。
以下、これらの回答方法について、順に検討します。
発信者情報開示に係る意見照会書への対応方法 ①「無視する」
まず、発信者情報開示に係る意見照会書が届いても何ら回答をせず、無視するということが考えられます。
しかし、これは適切な対応ではありません。
そもそも、プロバイダは、発信者情報開示に係る意見照会書への回答がない場合であっても、プロバイダの判断で、契約者の氏名や住所などを(請求者側に)開示できます。
また、開示ガイドラインでは、意見照会後に一定期間(2週間)を経過しても契約者から回答がない場合に「発信者はこの点に関して特段の主張は行わないものとして扱う」ものとされています。
そのため、発信者情報開示に係る意見照会書に対して何らの回答もせず、これを無視した場合、契約者として主張したいことなどがあったとしても、それが考慮されないまま、プロバイダの判断により、発信者情報が開示されてしまう可能性があります。
したがって、意見照会書の内容に関して身に覚えのない方や身に覚えはあるが主張したいことなどがある方は、「無視する」という選択をするのは適切ではありません。
繰り返しになってしまいますが、意見照会書を無視しても、それによって発信者情報の開示を免れるという訳ではありませんので、ご注意ください。
発信者情報開示に係る意見照会書への対応方法②「開示を拒否する」
上記のとおり、権利侵害の明白性がないなど、主張すべき事情がある場合には、決して無視せず、プロバイダに対し、当該事情を適切に主張することが必要です。
主張すべき事情については、侵害されたとされる権利の内容や問題とされる行為によって異なるため、一概に記載することは困難ですが、概要としては、次のとおりです。
開示を拒否する場合の主張事由(名誉権侵害の場合)
名誉権侵害が問題となる場合に、発信者情報開示に係る意見照会書において開示を拒否する上で主張する事由としては、次のような内容が考えられます。
- 事実摘示ではなく意見論評に過ぎない(※)。
- 社会的評価を低下させていない。
- 違法性阻却事由がある。
※ ただし、意見論評であっても名誉権侵害が肯定される例がある点にはご注意ください。
開示を拒否する場合の主張事由(プライバシー権侵害の場合)
プライバシー権侵害が問題となる場合に、発信者情報開示に係る意見照会書において開示を拒否する上で主張する事由としては、次のような内容が考えられます。
- すでに公知の事実である(※)。
- 対象事実を公表されない法的利益を超えて、公表すべき理由がある。
※ ただし、公知の事実であることが反論として成り立つかどうかについては争いがあり得るところです。
拒否する場合の主張事由(著作権侵害の場合)
著作権侵害が問題となる場合に、発信者情報開示に係る意見照会書において開示を拒否する上で主張する事由としては、次のような内容が考えられます。
- 対象となる作品等に著作物性が認められない。
- 発信者の行為は著作権法において許容されている行為である。
拒否する場合の主張事由(肖像権侵害の場合)
肖像権侵害が問題となる場合に、発信者情報開示に係る意見照会書において開示を拒否する上で主張する事由としては、次のような内容が考えられます。
- 撮影場所などを考慮すると、社会生活上受忍の限度を超えるとはいえない。
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上記のような事情を適切な法的主張として構成することで、プロバイダから権利者への発信者情報の開示を回避できる可能性があります。
これに対し、法的に意味のない事由のみを主張してしまったり、法的に意味のある事由を誤った形で主張してしまったりすると、プロバイダの判断により発信者情報が開示されてしまう可能性があります。
法的に適切に主張を構成できているかが不安な方は、一度弁護士に相談してみるのが良いでしょう。
当事務所でも発信者情報開示に係る意見照会書への回答書作成に関するアドバイスを行っておりますので、こちらのお問い合わせフォームから、お気軽にご相談ください。
発信者情報開示に係る意見照会書への対応方法③「同意する」
発信者情報開示請求者からの権利侵害の主張に対し、特段の反論がない場合には、情報の開示に同意する旨を回答することを考えましょう。
もっとも、ここで注意しなければならないのは、特段の反論の余地がなく、発信者情報の開示が認められる場合には、発信者情報開示請求者から損害賠償請求を受ける可能性や、発信者情報開示請求者が刑事告訴を行う可能性があるということです。
そのため、損害賠償請求や告訴がされた場合の対応も見据えて、弁護士に依頼し、発信者情報開示請求者に対する謝罪や示談を行うことを考える必要があります。
早期に弁護士を介入させて謝罪や示談を行えば、損害賠償請求訴訟を提起されることを防いだり、賠償金額を抑えたり、刑事処罰を避けることが期待できます。
同意する場合であっても、この点を踏まえて一度弁護士に相談するのが良いでしょう。
当事務所では、発信者情報開示に係る意見照会書に同意する場合のアドバイスも行っておりますので、こちらのお問い合わせフォームから、お気軽にお問い合わせください。
※ 名誉毀損については現時点で最大3年の懲役刑が用意されているほか、将来の法改正によって侮辱罪についても懲役刑が導入される可能性があります(参考情報:読売新聞オンライン「【独自】ネット中傷対策、侮辱罪に懲役刑導入へ…テラハ事件では科料わずか9千円」)。
発信者情報開示に係る意見照会書への回答後の流れ(同意した場合と拒否した場合)
では、発信者情報開示に係る意見照会書に対して上記のような対応方法を採った場合、契約者にはどんな事態が生じるのでしょうか。
以下では、(i)発信者情報開示に係る意見照会書で開示に同意した場合と、(ii)開示を拒否した場合に分けてご説明いたします。
同意した場合
発信者情報開示に係る意見照会書に対して同意した場合、プロバイダから発信者情報開示請求者に対して契約者の情報が開示されます。
発信者情報開示請求者は、この情報を使用して契約者に対して何らかのアクションを起こすことになります。
考えられるアクションは基本的に次の2つです。
- 刑事告訴
- 損害賠償請求
刑事告訴がされると、逮捕される可能性があります。また、たとえば名誉毀損罪として有罪になれば、3年以下の懲役刑が科される可能性があります。
また、損害賠償請求についても、内容にもよりますが、100万円を超える損害の賠償が認められる可能性もあります。
刑事処罰を科される可能性や高額の賠償金の支払義務を負担させられる可能性を少しでも低下させるために、早期に弁護士を立てることを検討しましょう。
拒否した場合
発信者情報開示に係る意見照会書に対して開示拒否の回答をした場合には、まずはプロバイダが、契約者からの回答の内容を踏まえた上で、発信者情報開示請求者に対して任意で契約者の情報を開示するか否かを決定します。
そして、プロバイダから契約者の情報が任意に開示された場合には、同意した場合と同じく、発信者情報開示請求者によって刑事告訴または損害賠償請求が実行される可能性があります。
これに対し、プロバイダが、契約者からの回答内容を踏まえ、契約者の情報を任意には開示しないという対応をした場合、発信者情報開示請求者は、プロバイダに対し、発信者情報開示命令の申立てを行い、その手続きの中で、発信者情報の開示を求めてプロバイダと争うことになります。
※ この手続きの中でも発信者情報開示に係る意見照会書が証拠として利用されることや、証拠としては利用されないものの、プロバイダ側が主張を組み立てる上での資料として利用されることがあります。
この手続きでプロバイダ側の主張が認められた場合、発信者情報は発信者情報開示請求者には開示されません。
これに対し、プロバイダ側の主張が認められず、開示請求者の主張が認められた場合には、契約者の情報が発信者情報開示請求者に開示されるので、これを受け、発信者情報開示請求者は、刑事告訴や損害賠償請求等の措置を講じていくことになります。
なお、プロバイダ責任制限法が改正されるまでは、プロバイダに対して発信者情報の開示を求めるためには、民事訴訟を提起する必要がありました。そして、民事訴訟手続には、半年程度が必要になることもありました。しかし、プロバイダ責任制限法が改正されたことにより、訴訟を提起せずに、別の裁判手続によって発信者情報の開示を実現できるようになりました。そのため、改正法が2022年10月に施行された後の現在では、開示請求を拒否した後に開示が認められるか否かが決定されるまでの期間が相当程度早くなっていると評価できます。
新たな裁判手続(非訟手続)の創設発信者情報の開示を一つの手続で行うことを可能とする「新たな裁判手続」(非訟手続)として、「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」(第4章)を創設するものです。また、裁判所による開示命令までの間、必要とされる通信記録の保全に資するため、提供命令及び消去禁止命令という命令が設けられます。
総務省|プロバイダ責任制限法Q&A
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このような発信者情報開示に係る意見照会書への回答後の手続の流れにかんがみると、意見照会書において法的理由を明記して開示を拒否することには、次のような効果があると評価できます。
- プロバイダから発信者情報開示請求者に対して任意で発信者情報が開示される事態を回避できる可能性がある。
- 発信者情報開示請求者とプロバイダとの裁判所が介入する手続きにおいてプロバイダ側の主張が認められ、その結果、契約者の情報の開示を防止できる可能性がある。
最後に
本記事では、開示請求をされ、発信者情報開示に係る意見照会書が届いた方が意見照会書に対応する上での参考となる情報を提供する観点から、発信者情報開示の拒否を含めた対応方法と、各対応後の手続の流れについて、ご説明いたしました。
発信者情報開示に係る意見照会書が届いた場合には、開示を拒否するにしても、同意するにしても、理由の記載等を含めて慎重な対応が必要になります。
対応方法に悩まれている方は、一度弁護士に相談するのが良いでしょう。
当事務所でも、発信者情報開示に係る意見照会書への対応方法に関するアドバイスなどを行っておりますので、こちらのお問い合わせフォームから、お気軽にご相談いただけますと幸いです。
本記事が、身に覚えのない意見照会書が届いて困っている方や、身に覚えはあるものの、主張したいことがある方のお役に立つことを願っています。