いわゆる会社員としての働き方とフリーランスとしての働き方の違いの一つに、「仕事に際して自分自身が当事者として契約を締結する必要があること」が挙げられます。
もちろん、会社員として働いている方も、家を借りるときに賃貸借契約書を締結したり、消費者向けのサービスを利用する際に利用規約を見てサービスの利用に関する契約を締結したりすることはあると思います。
しかし、会社員として働いている方が、仕事に際して自分が当事者となる契約を締結することは、ほとんどないのはないでしょうか。
これに対し、フリーランスとして働くにあたっては、仕事に際し、自分が当事者となる契約を(有形の契約書を取り交わさないとしても)締結する必要があります。
そこで、本記事では、フリーランスとして働くことを決めた方を読者として想定して、契約書を作成する必要性や、契約書を締結するに際しての注意点等をご説明します。
契約と契約書の関係
弁護士としてフリーランスの方から受けるご相談の中に、「契約書を作っていないのですが、(取引相手に)何か請求を行うことができますか。」というものがあります。
このようなご相談に対する回答としては、概ね「契約書がなくても契約は有効に成立している可能性があります。」というものになります。
契約とは、端的に言えば、意思表示の合致によって成立する法律行為です。
人の権利や義務を発生、消滅または変更させるような意思表示の合致と言い換えられます。
契約 = 人の権利や義務を発生、消滅または変更させるような意思表示の合致
そして、意思表示の合致によって成立することから、書面その他の方式は契約の有効な成立に際して基本的に必要とはされません。
契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
民法第522条第2項
契約と契約書は、必ずしも「一方が存在すれば他方も存在するもの(また、一方が存在しないのであれば、他方も存在しないもの)」という関係にはないと評価できるでしょう。
※ 契約書が存在しなくても契約が有効に成立することは上記のとおりであり、反対に、契約書が存在しても契約が有効に成立しないこともあります。もっとも、本記事の目的からは離れるため、契約書が存在しても契約が有効に成立しない可能性については、本記事では言及しません。
フリーランスが契約書を締結すべき理由
このように契約書が契約の成立に際して「必要不可欠のもの」では(基本的に)ないことからすれば、わざわざ時間や費用をかけて契約書を締結することには何の意味もないようにも思えます。
「契約書締結のためのやり取りを行っている間に相手が心変わりしてしまうのではないか」「自分に対する発注を取り止めてしまうのではないか」と不安になる方も少なくないと思います。
しかし、弁護士としての経験を踏まえると、フリーランスの方は契約書を締結すべきであると考えます。
なぜなら、契約書の締結により、たとえば次のようなトラブルへの遭遇を未然に防げる可能性があるからです。
契約が成立していないと言われ、予定していた報酬が得られなくなってしまった。
当初想定していた業務が完了したにもかかわらず、追加での業務を要求されるばかりで、報酬の支払いが行われない。
契約で予定された業務遂行のために多額の費用を支出したにもかかわらず、その費用が自己負担となってしまった。
契約が長期間にわたって継続すると考え、当該契約に基づく業務遂行のために他の仕事を制限したにもかかわらず、短期間で契約を解除されてしまった。
2020年に実施されたフリーランス実態調査においては、(必ずしも契約書を締結しなかったことに起因するものとは限らないものの)回答者7478名のうち2254名が「報酬の支払が遅れた・期日に支払われなかった」などの取引先とのトラブルを経験しているようです(株式会社三菱総合研究所「個人事業主・フリーランスの実態に関する調査 報告書」)。
また、2022年7月27日に策定された「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」においては、次のような記載があります。
口頭での契約や、メール等を用いた受発注であっても取決め内容が不十分な場合、双方の権利と義務が不明確となり、例えば、一方的なキャンセルや報酬の減額等本来契約違反であるようなことがあってもそれを証明できなかったり、想定していなかった業務が追加されたりする等、芸術家等に予期せぬ不利益が生じることがある。特に、コロナ禍においては、芸術家等が契約書がないために、自分自身の業務や報酬額等を証明できない等の課題も生じている。
文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)
フリーランスの契約書と注意点
上記「フリーランスが契約書を締結すべき理由」で記載したとおり、フリーランスの方は、トラブルを避けるためにも、基本的には契約書を締結すべきです。
しかし、「契約書を締結しさえすれば、契約書の内容は何でも良い。」ということにはなりません。
ここからは、フリーランスの方が契約書の締結に際して確認すべきポイントを、いくつか記載します。
フリーランスの方が仕事に際して締結する契約書の多くは、一定の業務の遂行をフリーランスとして受託することを内容とするものになると考えます。
このような契約書は、業務委託契約書と呼ばれるものになります。
そこで、以下では、このような業務委託契約書にフォーカスを当て、その締結に際して確認すべきポイントを記載します。
なお、当然のことではありますが、ここで記載のない事項についても、精査する必要がないというものではありません。これから契約を締結しようとしているフリーランスの方で、その契約が自分にとって重要なものとお考えの方は、契約書の作成やリーガルチェックを弁護士に依頼することが望ましいと考えます。
業務内容は明確か?
まず、フリーランスの方が負担する業務の内容が明確になっているかを確認する必要があります。
どのように書けば業務内容が明確になるのかが判然としない場合には、弁護士等の専門家に確認するのも一つの手段です。
たとえば、特に業務範囲から除外しておきたい行為がある場合には、弁護士等の専門家に相談することで、それを契約上の義務の範囲から適切に外す方法(規定の盛り込み方)をアドバイスしてもらえるでしょう。
結果発生を約束するか?
上記の業務内容の明確性の話とも関連しますが、「契約に基づく業務遂行の結果として何らかの結果発生を約束することとなっているか。」も確認する必要があります。
一定の結果の発生までを約束する意思がない場合には、そのことが契約書の記載上も明らかとなっているかを十分に確認すべきです。
また、結果発生を約束する意思がある場合にも、「どのような結果の発生を約束するか(≒どのような結果の発生までは約束しないか)」を契約書に明確に記載する必要があります。
報酬に関する定めは想定どおりか?
業務委託契約書の締結にあたっては、報酬に関する定めも十分に確認すべきです。
一定の固定金額を報酬として予定している場合には、報酬に関する定めが想定に反している可能性は比較的低いと考えられます。
他方で、いわゆるレベニューシェア型の契約を締結しようと考えているような場合には、契約書上の書きぶりが当事者の想定と異なっている例が少なくありません。
レベニューシェア型の契約のように報酬を一定の事由によって変動させることを予定している場合には、報酬に関する定めを特に慎重に確認すべきでしょう。場合によっては、弁護士等の専門家にも見てもらう方が安全です。
どのタイミングで報酬が支払われるか?
フリーランスの方が契約書を締結するにあたっては、「どのようなタイミングで報酬が支払われるか。」も確認する必要があります。
たとえば、業務遂行に着手する前に一定の金銭を支払ってもらうことを予定している場合には、その旨が明記されているかを確認すべきです。
また、契約書の内容によっては、報酬が支払われるまでの間に何度も繰り返しやり直しを要求される可能性もあるので、注意が必要です。
契約の対象となった業務について、期間や内容によって幾つかの個別業務(やステージ)に区分できる場合には、各個別業務(や各ステージ)に対応する報酬の金額(または金額の算定方法)を明確にしておくことも望ましいと考えられます。
このような対応を行っておくことで、契約の対象となった業務の履行が途中でストップしてしまった場合であっても途中までの業務遂行の対価を確保できる可能性が高まります。
費用に関する定めは想定どおりか?
特に業務遂行に際して一定の費用負担が必要となる可能性が高い場合には、費用負担に関する定めの存否と内容を確認すべきです。
たしかに、フリーランスの方が締結する契約がいわゆる請負契約ではなく準委任契約になる場合には、契約書上に特別の定めがなくても、民法第650条第1項によって「委任事務を処理するのに必要と認められる費用」を発注者に請求できるものと考えられます。
しかし、契約書上で「業務遂行に必要な費用を報酬とは別に請求することはできないものとする。」といった旨の定めがある場合には、この請求ができなくなってしまうものと考えられます。
また、何が「委任事務を処理するのに必要と認められる費用」に該当するのかについて、争いが生じてしまう可能性もあります。
そのため、フリーランスの方が業務委託契約書を締結するにあたっては、契約が請負契約であるか準委任契約であるか否かに関わらず、費用負担に関する定めの存否とその内容を確認することが必要になります。
過大な損害賠償責任を負担する可能性がないか?
フリーランスの方が業務委託契約書を締結する際には、自身が過大な損害賠償責任を負担させられるリスクがないかも慎重に確認する必要があります。
損害賠償責任に関する特段の定めがない場合にも、民法の原則に従った責任を負うことになりますので、その責任を制限する必要がないか、検討する方が良いでしょう。
※ 損害賠償責任を制限する旨の規定を置いたとしても、その規定の内容次第では規定が無効になってしまう点には注意が必要です。損害賠償責任を制限することをご希望の場合には、契約書の作成やリーガルチェックを弁護士に相談されるのが良いかもしれません。
知的財産権に関する定めは想定どおりか?
最後に、特にデザイナーの方など、業務遂行の過程で一定の著作物の作成を予定されているフリーランスの方は、知的財産権に関する定めを確認する必要があります。
日本の著作権法は、原則として、著作物を創作した者が著作者として著作権の帰属先となる創作者主義を採用しています。
そのため、契約書に何らの定めがない場合、著作物を創作するフリーランスの方の側に著作権が帰属することになります。
しかし、契約によって著作権を譲渡することや、利用権を設定又は制限することは可能であり、契約書の内容次第では、今後のフリーランスとしての活動が困難になる恐れもあります。
知的財産権に関する定めが、ご自身のこれからのキャリアプランに適したものとなっているか、確認する必要があるといえます。
弁護士による契約書の確認の必要性
ここまで、フリーランスの方が契約書を締結する必要性や、フリーランスの方が契約書を締結するにあたって注意すべきポイントなどを説明してきました。
ここからは、契約書を締結しようとしているフリーランスの方が、契約書の作成や確認を弁護士に依頼すべきか否かについて、当事務所としての考えを、お伝えしたいと考えます。
弁護士に対して契約書の作成や確認を依頼するためには、一定の費用がかかってしまいます。
そのため、費用対効果を考えた場合には、これから契約書を締結しようと考えているフリーランスの方がみんな契約書の作成や確認を弁護士に依頼すべきとまではいえないと考えます。
他方で、フリーランスの方がこれから締結しようと考えている契約が、その報酬の金額や、その契約に拘束される期間などの観点から、自分の生活に与える影響が大きいと考えられる場合には、弁護士に対して契約書の作成や確認を依頼すべきです。
任意規定による契約内容の補充
たしかに、契約書は基本的に日本語で作成されているものであり、フリーランスの方が自分で内容を十分確認することで、重大な問題に気づくことができるようにも思われます。
しかし、契約の内容は、契約書に「書かれている内容」だけで決まるものではなく、契約書に「書かれていない内容」によっても決まってしまう側面を有しています。
なぜなら、契約書に書かれておらず、当事者間で明確な形で合意されていないことについては、民法の定めなどによって契約内容が補充されることになるからです。
そのため、契約書に書かれている内容だけを確認しても、それだけでは思わぬ落とし穴にはまってしまうことがあり得ます。
弁護士に契約書の作成や確認を依頼することで、このような事態を避けられるものと考えられます。
法改正による公開情報の不正確性
また、インターネット上には、2020年に改正法が施行される前の民法の規定を前提とする情報が存在するなど、不正確な情報が紛れています。
もちろん、書籍その他のインターネット以外の情報源から得られる情報の中にも時間の経過によって不正確なものとなってしまった情報が隠れている可能性は否定できません。
弁護士に依頼することで、正確な最新の知識に基づいたアドバイスを受けられるものと考えられます。
最後に
本記事では、契約書と契約の関係性や、リーランスの方が契約書を締結するにあたって注意すべきポイントなどを、当事務所としてフリーランスの方からのご相談に対応してきた経験を踏まえて記載してきました。
これまで、弁護士として、契約書を締結していなかったことに起因するトラブルや、契約書の内容を十分に確認していなかったことに起因するトラブルに遭遇してしまった方からのご相談を多く受けてきました。
このようなトラブルに遭遇してしまった後に弁護士に対応を依頼しようとしても、そもそも対応が困難であることや、対応が可能であるとしても多額の費用がかかってしまうことも少なくありません。
本記事を見てくださった方がこれから締結しようとしている契約がご自身にとって重要であると考えられるような場合には、弁護士への事前の相談をおすすめいたします。
なお、当事務所でも、フリーランスの方からの契約書の作成やリーガルチェックに関するご相談に数多く対応してきた経験がありますので、当事務所へのご相談をご希望の方は、こちらのお問い合わせフォームからご相談いただければ幸いです。