日本における窃盗の事案の1年間の検挙数は16万1016件であり、そのうち「万引き」の事案は、6万3493件と約4割を占めています(犯罪統計資料 令和3年1~12月分【確定値】)。
つまり、1日当たり約174件も「万引き」で検挙されている計算になります。
万引きを行ってしまう理由はさまざまですが、中には、万引きをやめたくてもやめられず、万引きを繰り返してしまう「クレプトマニア(窃盗症)」という病気が原因となっているケースがあります。
この記事では、クレプトマニア(窃盗症)とは何か、クレプトマニア(窃盗症)による窃盗の事案で弁護士ができることについて解説していきます。
万引きを繰り返す病気「クレプトマニア(窃盗症)」とは
クレプトマニアとは、「窃盗症(せっとうしょう)」とも呼ばれる精神疾患です。
万引きを繰り返してしまうことから、「万引き依存症」と呼ばれることもあります。
通常、ある人が他人の物を盗む場合、「その物が欲しいけどお金が足りないから盗む」あるいは、「盗んだものを転売すればお金になるから盗む」というように、一応説明できる理由が存在します。
これに対し、クレプトマニア(窃盗症)の方が物を盗む場合、盗む物には強い関心がないのに、衝動的に窃盗行為を行ってしまう点に特徴があります。
クレプトマニア(窃盗症)は精神疾患に位置付けられる以上、今後同じことを繰り返さないようにするには、専門の治療を受けるなどの特別な対応が必要となります。
クレプトマニア(窃盗症)の特徴
物の価値や金銭を目的としていない
大きな特徴の1つとして、盗む物の価値や金銭を目的としていない点が挙げられます。
クレプトマニアの方は、お金があるのに盗んでしまったり、盗んだものを使用せず捨ててしまったりすることがあります。また、一部の物は通常どおりお会計をして購入しているにもかかわらず、残りの一部はお会計をせずに持ち去ってしまうといったケースもあります。
このように、その物が特に欲しいわけではないのに、あるいは、買うお金はあるのに、盗みたいという衝動から物を盗んでしまうのです。
摂食障害等を併発していることが多い
クレプトマニアの方は、鬱病や摂食障害等、他の精神疾患を併発していることが多いという特徴があります。
例えば、食料を買うお金を持っているにもかかわらず、多量の食料を衝動的に万引きし、その食料を使って過食嘔吐を繰り返す、といった例もあります。
強く反省しているのに、また万引きを繰り返してしまう
クレプトマニアの方は、自身が行った窃盗(万引き)行為について、強く反省します。「なんでこんなことをしてしまったのだろうか」と自分を強く責めることもあります。
窃盗行為の直後は「二度とこんなことはしない」と決意するものの、また同じ行為を繰り返してしまうのです。
このように、万引きをやめたいと思っていても、行為に及んでしまうため、行為者自身が苦しみを感じていることもあります。
クレプトマニア(窃盗症)の診断基準
クレプトマニアは精神疾患の1つですから、精神科医が問診を行って判断することになります。その際に使われる診断基準の1つが、「DSM-5」という診断マニュアルに記載されている基準です。
DSMは、アメリカの精神医学会が作成したもので、精神疾患・精神障害の国際的な診断マニュアルとして使用されています。
正式には「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」といい、その頭文字をとってDSMと呼びます。
DSMの初版は1952年に出版され、精神医学の発展と共に数回の改訂を行っています。「DSM-5」は2013年に出版された第5版です。
DSM-5におけるクレプトマニアの診断基準は、次のようになっています。
- 個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
- 窃盗に及ぶ直前の緊張感の高まりを感じる。
- 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感を感じる。
- その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものでもなく(例えば、店員の態度に怒って仕返しのために万引きをしたのではない)、妄想または幻覚に反応したものでもない。
- その盗みは、素行症(※1)、躁病エピソード(躁鬱病)、または反社会性パーソナリティ障害(※2)ではうまく説明されない。
※1:素行症(行為障害)とは、他者をいじめる、他者の物を壊す、他社の物を盗むなど、反社会的な行動や言動を繰り返す、子どもに多い精神障害です。
※2:反社会性パーソナリティ障害とは、社会の規則や規範を守ろうとせず、他人を傷つけたりいじめたりすることに罪悪感を持たない障害です。
なお、DSM-5に記載されている診断基準はあくまで診断の目安であって、絶対的な基準ではありません。正確な診断を行いたい場合は、専門医にかかるようにしましょう。
また、DSM-5の診断基準に当てはまるからといって、直ちに刑事責任を免れたり、刑事罰が軽くなったりするわけでもありません。
窃盗(万引き)の事案で弁護士ができること
クレプトマニアによる万引きのケースに限らず、窃盗の事案で弁護人が行う活動には例えば次のようなものがあります。
- 被害者(被害店舗)との示談交渉
- 被疑者の身体拘束を解放するよう求めること
これらの弁護活動に加えて、クレプトマニアによる窃盗の事案特有の弁護活動を行うことがあります。
クレプトマニア(窃盗症)による窃盗事案特有の弁護活動
再犯防止のためには、刑事罰よりも治療が必要であることを主張する
一度万引きを理由として罰則を受けたとしても、再び同じことを繰り返してしまっては意味がありません。
そもそも、刑事罰は再犯の防止を主たる目的の1つとするところ、クレプトマニアという精神疾患を原因として行われた行為について刑事罰を科したところで、果たして再犯を防げるのかという点には疑問が残ります。
弁護人は、依頼者の窃盗行為の原因がクレプトマニア(窃盗症)であることが疑われる場合、刑事裁判の中で、「刑事罰よりも治療を優先すべきである」という趣旨の主張をすることがあります。
適切な治療を促す
クレプトマニアも、適切な治療を行うことで改善されることがあります。
弁護士は医者ではないので治療は行えませんが、裁判の中で治療に対するご本人の意思や治療経過等を主張することはできます。
例えば、弁護人から依頼者に対して、クレプトマニア専門のクリニック等をご紹介した上で、
- 医師による診断や意見の内容
- 被告人がクレプトマニアの内容を理解し、治療する意思を有していること
- 被告人がクレプトマニアの治療を開始したこと(あるいは、開始しようとしていること)
などを示す証拠を提出するなどして、弁護することがあります。
上記のような弁護活動の結果として、刑が軽くなり治療に専念できるなど、ご本人にとって有利な結果が得られることもあります。
クレプトマニア(窃盗症)を専門的に扱っている医療機関
日本では、クレプトマニアを専門的に取り扱っている医療機関は多くありません。
例えば、次のような医療機関が存在します。
名称 | 所在地 | 電話番号 |
赤城高原ホスピタル | 群馬県渋川市赤城町北赤城山1051 | 0279-56-8148 |
京橋メンタルクリニック | 東京都 中央区京橋1-2-4 八重洲ノリオビル(YNビル)9階 | 03-5203-1930 |
榎本クリニック | 東京都豊島区西池袋1-2-5 | 03-3982-5321 |
最後に
本記事では、「クレプトマニア(窃盗症)」の特徴や診断基準、万引きの事案で弁護士ができることなどについてご紹介しました。
ご家族の方が窃盗で逮捕されてしまった、あるいはご自身が窃盗をしてしまったなど、お悩みの方はできるだけ早いタイミングで弁護士にご相談ください。
当事務所は、刑事弁護に対応しております。もちろん、お引き受けできる案件はクレプトマニアに関する事案に限りません。
お困りごとがありましたら、こちらのお問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。