当事務所では、これまで、「ファイル共有ソフトを利用していたところ、発信者情報開示に係る意見照会書が届いてしまった。」という多くの方からのご相談を受け、意見照会書に対する回答書の作成等の対応を行ってきました。
この記事では、このような当事務所の経験を踏まえ、ファイル共有ソフトの利用に伴う著作権侵害を理由とする損害賠償請求の法的根拠や、損害賠償請求を受けた場合の対応方針等を記載します。
なお、差し当たり発信者情報開示に係る意見照会書への対応方針をお知りになりたい方は、「ファイル共有ソフトを利用して発信者情報開示請求を受けたら」もご参照ください。
また、ファイル共有ソフトの利用に伴って発信者情報開示に係る意見照会書が届いた方の中には、著作権侵害ではなくパブリシティ権侵害や肖像権侵害を理由に意見照会書が届いてしまった方もいると思います。そのような方は、「パブリシティ権侵害を理由とする発信者情報開示請求や損害賠償請求をされたら」をご参照ください。
ファイル共有ソフトの利用と著作権
そもそも、ファイル共有ソフトを利用することが、どういう理由で著作権侵害に繋がるのでしょうか。
ファイル共有ソフトの利用によって侵害してしまう可能性のある著作権法上の権利は、「公衆送信権」や「送信可能化権」になります。
これらの権利は、著作物を送信したり、送信可能な状態に置いたりする権利を意味します(文化庁「著作者の権利の内容について」)。
これらは、本来、著作権者が専有する権利です。
したがって、他人の著作物を勝手にインターネット上にアップロードすると、これらの権利を侵害することになります。
著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
著作権法第23条
BitTorrent(ビットトレント)などのファイル共有ソフトを利用している方の中には、次のように考えている方もいらっしゃるかもしれません。
「自分はファイルをアップロードしているわけではなくてダウンロードしているだけだから問題ない。」
しかし、P2P方式のファイル共有ソフトでは、ダウンロードのスピードを上げるために、利用者がとあるファイルをダウンロードする際に、同時に、自分の入手しているファイルの断片を(他の利用者のために)アップロードするという仕組みがとられることがあります。
この仕組みにより、ファイルをダウンロードしている際に同時にファイルをアップロードしてしまっているという状況が生じてしまいます。
その結果、ファイルダウンロードに伴って上記の「公衆送信権」及び「送信可能化権」を侵害することになります。
※ なお、近年の著作権法改正により、ファイルのダウンロード自体が著作権侵害を構成する可能性もあるので、その点も併せてご注意ください。
損害賠償請求権の発生要件とファイル共有ソフト
結果的に著作権が侵害されるような事態になったとしても、厳密には、それだけで損害賠償請求が認められることにはなりません。
損害賠償請求が認められるためには、権利侵害のほかに、次のような要件の充足が必要と考えられています。
- 行為者の故意または過失
- 行為者の行為と権利侵害との因果関係
- 損害の発生
- 権利侵害と損害の発生との因果関係
では、ファイル共有ソフトを利用した者は、これらの要件を充足するといえるのでしょうか。
※ 損害賠償請求の要件論については、学説によって様々な見解がありますが、この記事では見解の対立等に関する詳細な検討は省略します。
ファイル共有ソフトの利用と故意または過失
まず、ファイル共有ソフトを利用した者が「アップロードを行っている認識はなかった(権利侵害についての故意も過失もなかった)。」と主張して、損害賠償責任の追及を免れることはできるのでしょうか。
この点については、ファイル共有ソフトを利用して動画をアップロードした者の責任が問題となった2021年の事件(令和3年(ネ)第10074号 債務不存在確認請求控訴事件)における知的財産高等裁判所の判断(以下「本件裁判例」といいます。)が参考となります。
裁判所は、次のような判断を示しています。
控訴人(一審原告)らは、BitTorrentを利用して ファイルをダウンロードした場合、同時に、同ファイルを送信可能化していることについて、認識・理解していたか又は容易に認識し得たのに理解しないでいたものと認められ、少なくとも、本件各ファイルを送信可能化したことについて過失があると認めるのが相当である。
知的財産高等裁判所裁判例
この裁判所の判断を前提にすれば、「アップロードを行っている認識はなかった。」と主張し、それを理由に損害賠償責任を追及を免れるのは基本的に困難と考えられます。
ファイル共有ソフトを利用してファイルをアップロードしてしまった者には、基本的に、権利侵害についての故意または過失が認められてしまうものと考えられます。
ファイル共有ソフトの利用と損害の発生
次に、ファイル共有ソフトの利用によって、権利者に損害が生じているといえるのでしょうか。
ファイル共有ソフトを利用していても、24時間いつでもファイル共有ソフトを利用しているわけではない人がほとんどであると考えます。
「1週間に数時間しかファイル共有ソフトを利用していなかった。」という主張して損害賠償責任の追及を免れる余地はないのでしょうか。
この点についても、本件裁判例が参考となります。
本件裁判例においては、ファイル共有ソフトの利用者側は、おおよそ上記のような主張を行い、損害額が限定されるべきと主張しました。
しかし、これに対する裁判所の判断は、次のようなものでした。
一審原告らは、BitTorrentの利用者が、ファイルのアップロードを24時間継続することはまずないことや、シーダーやピアが数百以上散在していることなどを踏まえ、本件の損害額については、例えば原判決の認定する額の10 0分の1などとして算定すべきと主張する。しかしながら、前記(1)及び(2)に判示したとおり、一審原告X1らは、BitTorrentを利用して本件各ファイルをダウンロードしてから、BitTorrentの利用を停止するまでの間の本件各ファイルのダウンロードによる損害の全額について、共同不法行為者として責任を負うと認めることが相当である。
知的財産高等裁判所裁判例
この裁判所の判断を前提にすれば、「1週間に数時間しかファイル共有ソフトを利用していなかった。」と主張し、それを理由に損害賠償責任を追及を免れるのは基本的に困難と考えられます。
発信者情報開示に係る意見照会書にどう対応すべきか
上記での検討を踏まえると、ファイル共有ソフトを利用し、他人の著作物を無断でダウンロードしてしまった場合には、著作権者からの損害賠償責任の追及を受けること自体を免れることは基本的に困難であると考えます。
そのため、すでに「ファイル共有ソフトを利用して発信者情報開示請求を受けたら」において記載したところではありますが、発信者情報開示に係る意見照会書が届き、かつ、当該意見照会書の対象となっているファイルに関してダウンロードした記憶がある場合には、発信者情報の開示に同意することが合理的な選択肢になる可能性が高いと考えられます。
もっとも、ここで注意しなければならないのは、発信者情報の開示に同意する場合には、権利者から損害賠償請求を受ける可能性や、権利者が刑事告訴を行う可能性があるということです。
損害賠償請求や刑事告訴の可能性がある以上、発信者情報の開示に同意する場合には、損害賠償請求や告訴がされた場合の対応も見据えて、弁護士に依頼し、発信者情報開示請求者に対する謝罪や示談を行っていくことを考える必要があります。
早期に弁護士を介入させて謝罪や示談を行えば、損害賠償請求訴訟を提起されることを防いだり、賠償金額を抑えたり、刑事処罰を避けることが期待できます。
損害賠償請求にどう対応すべきか
それでは、発信者情報開示に係る意見照会書に対して拒絶または同意の対応をした後に著作権者から損害賠償請求を受けた場合には、どのように対応すべきでしょうか。
当事務所では、これまで、ファイル共有ソフトの利用に関して発信者情報開示に係る意見照会書が届いた方へのアドバイスを数多く行ってきました。
そして、意見照会書への同意の対応をした後に損害賠償請求を受けた場合の対応についても、交渉の代理人としての対応を行ってきました。
このような当事務所の経験を踏まえると、(意見照会書への同意の対応をした後の)著作権者からの損害賠償請求には、大きく分けて次の2つのパターンがあるように思われます。
- 1) ある程度妥当な範囲内での損害賠償を請求する例
- 2) 高額とも考えられる損害の賠償を請求する例
このうち、1)のパターンの請求を受けたときは、総額は争わず、分割での支払いなどを交渉することも一つの方針になると考えます。
他方で、2)のパターンの請求を受けてしまった場合には、本件裁判例における裁判所の判断を参考にしつつ、減額を交渉していく方が良いと考えられます。
たとえば、本件裁判例においては、損害額に関し、裁判所が次のような判断を行っています。
一審被告は、本件各ファイルが最初にBitTorrentにアップロード されて以降の権利侵害の全てについて、一審原告らが責任を負う旨主張するが、一審原告らと本件各ファイルをアップロードしている他の一審原告ら又は氏名不詳者との間に共謀があるものでもないのであるから、一審原告らは、BitTorrentを利用して本件各ファイルのダウンロードをする前や、BitTorrentの利用を終了した後においては、本件著作物について権利侵害行為をしていないのは明らかである。
知的財産高等裁判所裁判例
弁護士に対応を相談することで、このような過去の裁判例に基づく法的主張を行うことができ、減額に応じてもらえる可能性も生じます。
最後に
この記事では、ファイル共有ソフトの理由に関して「発信者情報開示に係る意見照会書」が届いた方や、損害賠償請求を受けた方向けに、ファイル共有ソフトの利用に伴う著作権侵害を理由とする損害賠償請求の法的根拠や、損害賠償請求を受けた場合の対応方針等を記載してきました。
ファイル共有ソフトの利用を理由に発信者情報開示に係る意見照会書が届いたことや、損害賠償請求を受けたことでお困りの方は、まずは弁護士に対応を相談するのが良いでしょう。
当事務所でも、このような方からのご相談に数多く対応した経験を有しておりますので、当事務所の弁護士へのご相談をご希望の方は、こちらのお問い合わせフォームから、お気軽にご連絡いただければ幸いです。