インターネット上の誹謗中傷に関する開示請求の根拠となる特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」といいます。)は、令和3年に改正されました。
では、この改正により、発信者情報開示請求は簡単になったのでしょうか。
本記事では、改正前及び改正後の当事務所の対応経験を踏まえ、この問いに回答していきます。
法改正の背景
この改正の経緯は、次のように説明されています。
改正前のプロバイダ責任制限法に基づく裁判上の開示請求は、訴訟手続が必要となり、開示の要件の判断が容易な事案にも、裁判期日を開き、裁判官の面前で口頭による審問の機会の付与が必要となるなど、当事者に多くの時間・コストがかかり、迅速な被害者救済の妨げとなっている側面がありました。
総務省|プロバイダ責任制限法Q&A
また、近年普及しているSNSでは、そのシステム上、投稿時のIPアドレス等を保存していないものがあり、投稿時のIPアドレス等から、通信経路を辿ることにより発信者を特定することができないという課題があり、ログイン時等の通信に付随する発信者情報の開示を通じて被害者を救済する必要性が高まっている状況にありました。
そこで、これらの課題に対応するため、令和3年の改正がなされたものです。
このように、被害者救済の必要性から法改正が行われたといえるでしょう。
発信者情報開示命令事件の創設
上記のような被害者救済の必要性を背景にしたプロバイダ責任制限法改正では、新たに、発信者情報開示命令事件の制度が設けられました。
この制度は、開示請求に要する期間を相当程度短縮したと評価できそうです。
以下、詳細をご説明します。
IPアドレスルートとの関係
そもそも、開示請求によって投稿者を特定するためには、基本的に、次の2段階の手続を踏む必要があります。
- 1段階目:投稿に利用されたIPアドレスを特定する。
- 2段階目:IPアドレスを使用した投稿者の氏名と住所を特定する。
このうち2段階目の手続は、インターネットサービスプロバイダを相手に行うことになります。
なぜなら、IPアドレスの情報と、それを使用していた投稿者の情報とを結びつけるログ情報を保有しているのは、KDDIやソフトバンクなどのインターネットサービスプロバイダであるからです。
そして、インターネットサービスプロバイダは、個人情報保護等の観点から、任意で投稿者情報の開示に応じることはほとんどありません。
そのため、法改正前は、インターネットサービスプロバイダを相手に民事訴訟を提起して開示を請求する必要がありました。
しかし、令和3年の法改正により、発信者情報開示命令を申し立てるという方法が選択肢に加わりました。
民事訴訟の中で投稿者の氏名と住所の開示を実現するためには、それだけで半年程度の期間が必要になることも少なくありませんでした。
他方で、発信者情報開示命令事件の中では、早ければ2か月程度で投稿者の氏名及び住所の開示を実現できる可能性があります。
したがって、プロバイダ責任制限法の改正は、少なくとも投稿者特定に至る期間を短縮したという意味では、開示請求を簡単にしたと評価できます。
特に、次の各匿名掲示板での開示請求は、1段階目の手続を開始してから4か月程度での開示を実現できる可能性が高まりました。
- 爆サイ
- 5ちゃんねる
これらの掲示板における開示請求の方法は、当事務所の次の記事もご参照ください。
非IPアドレスルートとの関係
また、発信者情報開示命令事件の制度は、GoogleマップやYouTube、X(旧Twitter)上のレビューや動画、コメントその他の投稿に関する非IPアドレスルートでの開示請求にも利用できます。
そのため、これらの媒体上での投稿についても、開示請求による投稿者特定が簡単になったと評価する余地がありそうです。
これらの媒体における開示請求の方法は、当事務所の次の記事もご参照ください。
ログイン時通信と開示請求
令和3年改正は、いわゆるログイン時通信に使用されたIPアドレスを割り当てられていた人物の情報が開示請求の対象となることを明確化した点においても、開示請求を容易化したと評価できます。詳細は次のとおりです。
プロバイダ責任制限法が令和3年に改正されるまで、SNSアカウントへのログイン時に使用されたIPアドレスが割り当てられていた人物の情報が開示請求の対象となるか否かという点には、争いがありました。
この点については、「ログインした人物と投稿した人物が異なる可能性もある。」という考えから、ログイン時IPアドレスを割り当てられていた人物の情報を開示請求の対象と認めない裁判例も存在しました。
このような状況で、令和3年改正は、ログイン時IPアドレスを割り当てられていた人物の情報が開示請求の対象になることを明確に定めました。
これにより、特にSNSとの関係では、開示請求のハードルが1つ下がったと評価できるでしょう。
改正法では、ログイン時IPアドレスだけでなく、アカウント削除時のIPアドレスや、ログアウト時のIPアドレスが割り当てられていた人物の情報も開示請求の対象となりうることが明確化されました。また、投稿後のログイン時に使用されたIPアドレスが割り当てられていた人物の情報も開示請求の対象となりうるとされています。改正法は、「(特段の事情がない限り)アカウントは同一人物によって使用される。」という前提に立っているようです。
提供命令制度の創設
他方で、令和3年改正には、現実には十分に機能しなかった部分もあります。
その1つが、提供命令制度です。
総務省のウェブサイトでは、次のように説明されています。
提供命令は、開示関係役務提供者(コンテンツプロバイダ等)に対する開示命令が発令される前の段階において、開示命令の申立人による申立てを受けた裁判所の命令により、(1)他の開示関係役務提供者(経由プロバイダ等)の氏名等の情報を申立人に提供するとともに、(2)開示関係役務提供者(コンテンツプロバイダ等)が保有するIPアドレス及びタイムスタンプ等を、申立人には秘密にしたまま、他の開示関係役務提供者に提供することができる制度を創設することで、当該他の開示関係役務提供者において、あらかじめ保有する発信者情報(発信者の氏名及び住所等)を特定・保全しておくことができるようにしたものです。
総務省|プロバイダ責任制限法Q&A
少し難しい言葉で書かれていますが、ざっくりと言えば、「1段階目の手続中に2段階目の手続を始められるようにする制度」と評価できます。
この制度は、うまく機能すれば、アクセスログ保存の迅速化を実現する効果を有するものです。
アクセスログとは、IPアドレスと投稿者の氏名及び住所を結びつける情報を指しますが、通常3か月から6か月程度で削除されてしまいます。
提供命令制度は、この情報を従来よりも早期に保存できる機会を被害者にもたらし、投稿者特定の可能性を高めると期待されていました。
しかし、実際には、提供命令が充分にその効果を発揮する機会は、そう多くはありません。
なぜなら、提供命令が発令されても、それに迅速に対応しない事業者(SNSの運営主体や匿名掲示板の管理者)が少なくないからです。
改正法が施行される前は、「これまで2段階の手続が必要だったが、1回の手続だけで開示が実現できるようになる!」とも言われていました。
しかしながら、本記事執筆時点においては、このような意味で発信者情報開示請求が簡単になったと断言することはできないでしょう。
発信者情報開示請求の要件と法改正
続いて、法改正が発信者情報開示請求の要件に与えた影響に着目します。
上記のとおり、令和3年改正は、ログイン時IPアドレスが開示請求の対象となることを明確化しました。
もっとも、ログイン時IPアドレスの開示を求める場合でも、権利侵害の明白性が必要であるという点に変更はありません。
したがって、発信者情報開示請求との関係では権利侵害の明白性が争点になることが多いことに鑑みれば、「要件緩和によって開示請求が簡単になった。」と評価することは難しいでしょう。
最後に
本記事では、「開示請求は簡単になったのか?|法改正の効果等」と題し、「令和3年にプロバイダ責任制限法が改正された関係で、発信者情報開示請求が簡単になったのか。」という問いへの回答を提示しました。
当事務所では、法改正後も、発信者情報の開示請求に関連する事件を多く取り扱っています。
当事務所へのご相談をご希望の方は、こちらのお問い合わせフォームから、お気軽にご連絡いただけますと幸いです。